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四季の美しい秋田 大曲から よいところ 美味しいもの 面白いこと ブラウブリッツ秋田について お伝えするブログです
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クニマスが生ぎでらった!!!
今朝、テレビをつけたらウィルコムのCM(佐々木希ちゃんの2ヴァージョン目)
機嫌良く「誰とでも定額ウィ~ルコム♪」と歌っていたら、とくダネ!が始まり、
小倉さんが突然、
私のふるさと・秋田の人は朝日新聞を見て驚いている方、多いと思います
なにした!?とテレビの前さ行くと
今日の朝日新聞に、70年前に絶滅したと思われていた田沢湖(秋田県)固有の
マスの一種「クニマス」が西湖(山梨県)で生きていたという記事が載っていました

ホントにがっ!?
慌てて既に読んだ魁を開く…そんた記事あったったが?それだば一面だべった!
載ってない…朝日のスクープ…っていうか魁なにやってるんだよ

小倉さんの話とテレビ画面に釘付けになりました。
幻の魚となってしまったクニマスが生ぎでらった
その経緯は、秋田県民なら誰でも知っていること。
絶滅した原因を、当時の状況を鑑みて、
田沢湖町民の気持ちに配慮した話をしていたのにも感動しました。

ついせんだって、魁さ、田沢湖の水、生き物を取り戻す活動を
Aターンした男性が行っていることを紹介していました。
彼は喜んでいるのだろうか、と思いました。

クニマス、田沢湖さ戻ってこれるんでしょうか?
有識者の方々がどう判断されるかわかりませんが、
戻しても良いものか、
戻ってこれる環境になっているか、
これから十分に論議されるでしょう。
とにかく、生きてでけでいがった。西湖の皆さんありがとう。

 小倉智昭 公式ブログ  2010年12月15日「絶滅種クニマスが生きていた!」

 朝日新聞社 クニマス絶滅してなかった! 生息確認、さかなクン一役

 魁 秋田げんきプロジェクト ここに生きる 第2部・守っていきたい 森の湖取り戻せ(仙北市) 
遅れること一日、16日の魁さも一面に載りました。
クニマス…田沢湖固有種なのに…魁~。

先月も、内舘牧子さんが「他人に言われたくない言い方」
という内容をコラムで述べていました。
その通り、と思って読み進めていったら、
県北の拡大版で「○○さん、秋田弁丸出しで熱演」
みたいなタイトルをつけた記事が。

丸出しって、バカ丸出し、とか否定的な言い方でしょう。
じゃあわらび座の劇は全て「秋田弁丸出しのミュージカル」ですか?
内舘さんが、魁の記事の書き方に苦言を呈したまさにその日の紙面で…。
上の人間が直させねがったのがよ。
情げねー
頼むよ、魁。そったごどばししてれば、新聞読む人いねぐなるど。



「絶滅種クニマスが生きていた!」

私のふるさと・秋田の人は朝日新聞を見て驚いている方、多いと思います。
なぬぃ~、クヌィマス、生きでだぁ?何十年ぶりだべさ、どごさいだ、どご?なぬぃ、富士五湖の西湖?たまげだな、なすて西湖さいだ?(秋田弁)そういうふうに驚いているんじゃないかと思います。
今日の朝日新聞に、70年前に絶滅したと思われていた田沢湖(秋田県)固有のマスの一種「クニマス」が西湖(山梨県)で生きていたという記事が載っていました。環境省のいわゆるレッドリストといわれる絶滅種の4種類の魚の中にもクニマスは入っていて、もう、これは日本には存在しないんだということになっている。だから、そのレッドリストも書き直さなければいけないということになります。

このクニマスを発見したのが、なんと、「さかなクン」だった。さかなクンは色々漁師さん一緒に魚をとったりして、その魚の研究を一生懸命したり、彼はイラストレーターでもありますから魚を描くのが大変巧いんですよね。ウロコの数まで同じぐらいに描くという。で、その彼の腕を買って京都大学の総合博物館の中坊徹次教授が、元々、さかなクンの色々な相談を受けていた人らしいんですけど、絶滅してしまったクニマスの絵を描いてくれないかとさかなクンに頼んだんですって。

で、さかなクンがクニマスを描き始めて、いろいろ標本として残っているホルマリン漬けのクニマスを見て描くんですけど、どうしても色も変わっていて本来のクニマスはどうだったのか分からない。で、教授にどうすればいいんだと言ったら、それじゃヒメマスが似ているからヒメマスを取り寄せてそれを参考に描いてみたらどうか、ということになった。それで、さかなクンが北海道や富士五湖のヒメマスを取り寄せてみたら、その中の2匹ぐらいがどうも違う。私の知っているヒメマスじゃない。これは、ほかの魚じゃないかと思ってその魚を中坊教授のところに持って行ったら、中坊教授が「イ、ヤー!クニマス!」。これがどれだけ大変なことかと言うと、田沢湖の観光協会が、1940年代に絶滅してしまったクニマスがどこかに生きているかもしれないと3年間、賞金500万円でクニマス捜しをやったんですって。それでも見つからなかったので、もうダメなんだろうとあきらめていた。

なんでクニマスがいなくなったか? 田沢湖というのは秋田県の人たちが遠足によく行くようなところで、日本では一番深い水深423m。それよりも非常に澄んだ湖で、透明度が日本一。沢からの水が集まってくるので本当にきれいな湖だったんです。僕ら子供のころ行ったころもきれいだったんですが、戦時中、やはり食料確保だとか経済発展のためにダムを造ろうと。で、田沢湖に流れることになる川に玉川というのがあって、その上流に玉川温泉というのがあるんですが、その温泉が非常に強い酸性の温泉なんです。その温泉が川に流れ込むので、田沢湖にその水が入ってしまうと魚は死ぬだろうと。漁業をやっている人たちはみんな分かっていたそうですよ。で、そうなったら案の定、1年でサクラマスもヒメマスもアユもウグイもみんな死んじゃった。でも戦時中ですからね。水力発電も必要だし、やらざるを得なかったんでしょう。1980年代の後半から玉川の水の酸性を薄めることをやっているので、今はウグイなどを放流して生きているんです。

クニマスがどうして西湖にいたか。そこなんですが、1940年に玉川の水を引き込むという時に地元の皆さんが、このままだとクニマスが死んでしまうということで卵を10万個、富士五湖の西湖になんとかこれを孵化させてくださいと送っていたんです。それが今になって、ちゃんと生きていることが分かった。西湖には有名なヒメマスがいるんですが、もし、ヒメマスとクニマスが交配していたら雑種になってしまいます。ところが、交配していなかったらしい。クニマスはクニマスだけで70年たった今も生きていたんですね。

魚を見た教授とさかなクンが翌月、西湖へ行って刺し網をして魚を獲ったら、その中にホントにクニマスがいたそうです。それで大騒ぎになった。地元では「クロマス」と言っていたそうです。秋田の方でクニマスを専門に研究をしている人たちは、これは田沢湖のクニマスは絶滅してしまったので、同じ国産だけど田沢湖にとっては国内産外来種ということになるんじゃないかという見方のようです。
今度は卵を田沢湖へ持って行って放流すれば、クロマスがクニマスにならないものでしょうか。人が滅亡させてしまった魚が生きていたという、これはいい話でした。
(小倉智昭 公式ブログ  2010年12月15日)


クニマス絶滅してなかった! 生息確認、さかなクン一役

 環境省のレッドリストで「絶滅」扱いになっている日本固有の魚クニマスが、山梨県内の湖で生き残っていたことが、京都大学の中坊徹次教授らのグループの調査で分かった。生息の確認は約70年ぶり。国のレッドリストで絶滅種に指定された魚が再発見されたのは初めて。環境省は今後、レッドリストの記述を見直す方針だ。

 クニマスはもともと、秋田県の田沢湖にのみ生息する固有種で、成長すると全長30センチほどになる淡水魚。食用魚として漁業の対象にもなっていた。だが、1940年以降、発電などのための導水工事で田沢湖に酸性の水が入り、まもなく死滅。地球上から姿を消したと考えられていた。

 クニマスの生息が確認されたのは富士山に近い山梨県の富士五湖の一つ、西湖(さいこ)。今年3月から4月にかけて西湖で地元漁協が捕獲した通称「クロマス」と呼ばれる魚9匹を中坊教授らが分析した。

 全体に黒っぽい体色だけでなく、エラの構造や消化器官の形などがいずれもクニマスと一致した。1~3月に産卵するという生態も、過去に記録されていたクニマスの生態と同じだった。また、遺伝子解析の結果、西湖に生息するヒメマスと異なり、ヒメマスと交雑したものでないことが裏付けられた。近く、クニマスの生息確認を報告する論文が、学術専門誌に掲載される見通しだ。

 中坊教授が今年2月、研究者としての好奇心もあり、旧知でテレビなどで活躍する東京海洋大学客員准教授のさかなクンに、生き生きとしたクニマスの姿を絵で再現するよう頼んだのがきっかけだった。さかなクンが絵の参考にと近縁種のヒメマスを西湖から取り寄せると、黒一色の魚が届いた。

 田沢湖で絶滅する5年ほど前、放流用にクニマスの卵が10万粒、西湖に運ばれた記録がある。このとき放流されたものが繁殖を繰り返し、命をつないできたとみられる。


西湖でみつかったクニマスとさかなクン=9月、中山写す

クニマスの標本を持つ中坊教授=京都大学、山本智之撮影

  
 西湖では以前から、ヒメマスに似て体色が黒っぽい魚がおり、「クロマス」と呼ばれていたが、地元では「黒いヒメマス」と考えられていた。

 環境省のレッドリストによると、絶滅種に指定された日本の魚類はクニマス、ミナミトミヨ、スワモロコ、チョウザメの計4種。中坊教授は「西湖は水温が比較的低く、クニマスの生育に適していたのだろう」と話す。環境省は「絶滅種が再発見された例は植物や菌類などではあるが、魚では初めて」としている。

 クニマスの標本は世界に約20点しかない。幻の魚として話題を集め、90年代には当時の田沢湖町観光協会が最高500万円の懸賞金をかけて捜したが、見つからなかった。(山本智之)

   ◇

 〈レッドリストと絶滅種〉 環境省はレッドリストで、絶滅の恐れがある日本の動植物の一覧を示している。1991年からレッドデータブックを刊行する一方、最新情報を集計したレッドリストをネット上で公開。レッドリストには亜種を含む日本の絶滅種120種、絶滅危惧種3155種が掲載されている。野生生物の保全を進める上での基礎資料で、5年に1回程度、改定作業が行われている。
(朝日新聞 2010年12月15日3時1分)



森の湖取り戻せ(仙北市)
p2_14a.jpg水が引いた田沢湖の岸辺はさび鉄色の粘土に覆われていた。杉山は景観の変化に心を痛める
 田沢湖が瑠璃色に輝いて見えるのは、玉川の強酸性水で岩石から溶け出したアルミニウムの粒子が青い光を反射するからだという。特有の青さはかつて「毒水」と称された玉川の水を現在も引き込んでいる証しでもある。辰子伝説と相まって長らく「神秘の湖」とされてきたが、仙北市田沢湖の土人形師、杉山早人(54)はこのキャッチフレーズに違和感を覚える。「今の瑠璃色は人間が手を加えてつくり出したもの。本来の湖水は違って見えたはずだ」
  小春日和の今月1日。杉山は水位が下がった湖の岸辺を久々に歩いた。白砂が自慢の「白浜」と呼ばれる場所だ。表面を覆う白砂は波にさらわれ、代わりにさび鉄色の粘土層があらわになっていた。コケやごみも目立つ。殺風景な光景に思えた。

 ―子どものころはこんなんじゃなかった。この辺りは粒子の細かい真っ白な鳴き砂で、歩くとズボズボと沈んで足を取られるほど深かった。湖畔林もきれいで。そう、白砂青松ってやつだよ。

 地球上で唯一、田沢湖に生息していたクニマスは70年前に絶滅した。湖をダム代わりにして電源開発と食料増産を進める「国策」により、1940年1月、玉川から強酸性水が引き込まれ、他の生き物とともに命脈を絶たれた。国内で絶滅した汽水・淡水魚類4種の中で、滅びた時期や理由が明らかなのはクニマスだけだ。
  魚が死滅しただけではない。発電に伴う水位の変動によって湖岸は至る所で崩落を繰り返し、湖面を彩った木々はバタバタと倒れた。家業の魚屋を継がず、高校卒業後に都会へ出た杉山は18年前に帰郷。実家に戻り、地元の景観の変わりように驚がくした。

  ―鳴き砂が消えていて「やばい」と思ったね。それから下水の垂れ流し。おふくろが「湖面に泡が浮くようになった」って言うから、あり得ないと思って見に行ったら本当に浮いていた。子どもの時分に見た思い出の光景が壊れていくのを目の当たりにしたら、ざわっと(身震いが)したよ。

 2001年、杉山は知人の呼び掛けに応じて動きだす。玉川導水前の森の湖を取り戻そうと、翌年1月、「田沢湖に生命(いのち)を育む会(湖命の会)」を設立。その事務局長を務めることになった。運動の柱に据えたのは▽玉川と先達川からの取水をやめる▽水位の変動をなくす▽多くの魚がすむ湖にする―の3点。要するに毒水を止めて、かつてのように湖畔の沢水だけで田沢湖に水をたたえようという訴えだ。会は署名活動に乗り出した。
  だが、運動は発電事業の終了を求めることを意味した。
  会発足の直前、代表者と2人で東北電力秋田支店に赴いた。吹雪の日だった。応対した幹部に「けんかするつもりは毛頭ありません。ただ、昔の田沢湖を取り戻したいだけです。ぜひ協力していただきたい」とあいさつした。
 「死の湖」と言われた田沢湖の問題に触れることは当時、タブーだった。電力会社に雇われ、恩恵を得た住民も少なくないからだ。当然、一部の住民から批判が上がった。「人にはいろいろな立場や考えがある。都会帰りのよそ者のくせに、背景も知らず生意気なことを言うな」

  ―でも、本当はほとんどの住民は分かっていた。湖水の汚れに気付いていたが、表立って言わないだけだったんだよ。誰もが森の湖の再生を願っているはずなんだ。志を同じくする先輩格は「俺たち昭和の人間が湖の自然を壊したんだから、昭和の人間には元に戻してから次の世代に渡す責務がある」と言ってくれた。背中を強く押す心強い言葉だったな。

 案の定、署名を始めた途端に否定的な声はぴたりとやんだ。むしろ記憶に残っているのは快く署名に応じ、激励してくれたことだけだ。署名は1カ月半で1万3093人分が集まり、要望書を添えて知事に提出した。だが目指した導水ストップはかなわず、ただちに目に見える成果が出たわけでもない。大きな失意に包まれた。

 ―でもね、元漁師の弟が「一定の効果はあった」って言ってくれたんだ。その一言に救われたね。少なくとも署名運動をしたことで、タブーがタブーでなくなった。住民が湖に愛着を抱いていることも再確認できた。誰かに湖の再生を委ねるんじゃなく、住民自身で何とかしなきゃいけないという機運が芽生えた気がする。次につながる経験をしたよ。
p2_14b.jpg土鈴に絵付けする杉山。今が一番の書き入れ時だ
 神奈川でデザインや絵付け、額装などの仕事を経験した杉山は、帰郷して間もなく自宅に看板を掲げた。「工房 北の仲間たち」。「一人では何もできない。仲間で力を合わせて創造したい」という思いを込めて名付けた。
  工房とはいえ、当初は窯もなく、丸ストーブの上で土人形を焼いた。当然、生焼けだった。塗装の仕事や絵付け講座の講師をしながら食いつないだ。土人形に活路を見いだしたのには理由があった。

  ―バブル絶頂期の都会で、手抜きをして芸術作品を大量生産する様子を嫌と言うほど見てきた。でもここではいつの時代もばあさんたちが手間暇を惜しまず、丹念にいぶりがっこを作っている。すごく尊敬しちゃうよな。だから俺も「どこの家にも必ず1個はある」という人形と民芸文化をつくりたくなった。

 今夏、地元住民が樹齢150年の杉を彫り刻み、クニマス漁の丸木舟を復元した。来年は湖畔にわずかに残る「原始の森」を歩く予定だ。湖に対する住民のまなざしは着実に強まっている。「かつての面影を守り、生かせば再生はまだ可能だ」。杉山は新たな手応えを感じている。

(敬称略)
(2010/12/11 付)


絵描こうと取り寄せたら絶滅魚…さかなクン「ひえーっ」
「絶滅」とされていた秋田県田沢湖のクニマスが、山梨県の西湖でみつかった。クニマスの絵を残したい――。そんな思いが、「奇跡」を引き寄せた。

 70年前に絶滅したと信じられていたクニマスの再発見の立役者は、さかなクン(東京海洋大客員准教授)だった。

 漁師と船に乗り、珍しい魚を見つけると、京都大総合博物館の中坊徹次教授に教えを請うていた。その中坊教授の部屋を訪ねたのは今年3月。「どう見てもクニマスじゃないかと思うんです」と保冷箱から2匹を取り出した。

 中坊教授の表情が一瞬にして変わった。「なんやこれは!」。20センチほどの黒ずんだ体がオリーブ色に輝いていた。

 長年、クニマスを研究してきた中坊教授は旧知の仲であるさかなクンに「クニマスを描いてほしい」と頼んでいた。現存する標本は約20匹。白か茶色に変色している。田沢湖周辺でも、生きていたクニマスの姿を記憶する人は今や数人。できるだけ正確に再現したかった。

 さかなクンはイラストレーターでもあり、ウロコやヒレの数までこだわり、正確に繊細なタッチで描くことでも知られる。日本魚類学会年会の要旨集の表紙も描いたことがある。京大にある標本を、前、後ろ、横、上、下の5方向から観察して詳細にスケッチした。だがホルマリン漬けでは、ひれやウロコがわかりにくい。「ヒメマスと比べたら」と中坊教授に言われ、知り合いの漁師に頼んで北海道の湖や富士五湖から送ってもらった。

 西湖から届いた保冷箱を開けると、二十数センチの魚が4匹。ヒメマスなのに、「なんで黒いんだろう」。傷んでいるのかと思ったが、新鮮だ。そこで、京大へ持って行った。

 中坊教授は仰天した。腹に卵を持つ個体もいる。ヒメマスの産卵は秋ごろで、体は銀色だ。「ヒメマスなら今の時期に産卵しない。これはクニマスだ!」

 クニマスは田沢湖の固有種だが、かつて西湖に卵が送られたとの記録が残る。さかなクンと中坊教授は4月、一緒に出かけた。湖の中ほどで刺し網をあげると、最後に黒い魚が1匹あがった。「ひえーっ。クニマスだ!」とさかなクン。漁師は「前に釣りあげたことがあったが、ここでは『クロマス』って呼んでいる魚」と話した。(中山由美)

    ◇

 〈クニマスと田沢湖〉 田沢湖は面積26平方キロメートル、最深423メートルの日本一深い湖。かつては沢水以外に流れ込む川はなく、透明度は極めて高かった。

 田沢湖の北には玉川温泉があり、湧き出す強酸性の水が玉川に流れ込んでいた。玉川の水を中和して農業用水を確保し、同時にダムにして電力供給するため、1940年に玉川の酸性水を田沢湖に導入。すると、湖に生息していたクニマスをはじめ、スナヤツメやイワナ、サクラマス、アユ、ウグイは、1年足らずで姿を消した。89年から玉川の酸性水の処理が始まり、田沢湖の水の酸性度は下がって、放流したウグイが生息している。
(朝日新聞 2010年12月15日5時2分)


クニマスの地元・田沢湖、深い喜び 70年ぶり再発見

 「まさかクニマスが生きていたとは」――。秋田県の田沢湖畔に代々住み、クニマスを研究していた故三浦久兵衛さんの長男久さん(61)は、70年前に絶滅したと信じられていたクニマスの再発見に「すごい! 世紀の大発見ですね」と喜んだ。

 田沢湖は秋田県仙北市にある日本一深い湖。最深423メートルで100メートル以深の水温は4~5度。かつては透明度が極めて高く、クニマスのほか、スナヤツメやイワナ、サクラマス、アユ、ウグイなど多くの魚が生息していた。

 田沢湖の北には玉川温泉があり、湧き出す強酸性の水が玉川に流れ込んでいたため、田沢湖の水で中和して農業用水を確保し、同時にダム湖にして電力供給しようと、1940年に玉川の酸性水を田沢湖に導入した。世界中で田沢湖にしかいない固有種クニマスは1年もたたずに姿を消したという。

 湖畔に住んでいた仙北市の大山文穂さん(78)は「正月に焼いて食べたのがおいしかった」と懐かしむ。「1匹、米一升」と言われた高級魚だったが、35年の漁獲量は8万8千匹近くあった。

 「父が生きていたらどんなに喜んだことか」と久さん。クニマス漁をしていた父の久兵衛さんは「網を引き揚げる時の手の感触、キラキラ光る感じが忘れられない」と話していた。

 玉川の酸性水を湖に入れれば、魚は死ぬと漁師たちはわかっていた。だが、「食糧増産と経済発展が最優先された時代。反対の声はかき消されたのだろう」と久さんはいう。

 クニマスが消えた後、久兵衛さんはクニマスが西湖や本栖湖へ放流されていた記録をみつけた。35年の消印で、田沢湖孵化(ふか)場から送ったクニマスの卵の到着を知らせる西湖村漁協のはがきが、今も久さんの元にある。
 クニマスを研究してきた杉山秀樹・秋田県立大客員教授は「他の湖で生き残っているかも」と期待し、クニマス捜しを仕掛けた。95年から3年間、当時の田沢湖町観光協会が懸賞金500万円を掲げて呼びかけた。各地から送られてきた魚は久兵衛さんと鑑定したが、見つからなかった。

 杉山教授は「遺伝学的に高度な分析ができるようになり、形態学的には判別がつかなかったことも可能になったのだろう」という。「ただ田沢湖のクニマスが絶滅したのは事実。いわば国内産外来種だ」と受け止める。「田沢湖ではもうすめない。貴重な固有種を人間が絶滅させた間違いを二度としてはならない」
(朝日新聞 2010年12月15日18時16分)


クニマス、山梨県・西湖で生存 70年前、田沢湖で絶滅
20101215f12.jpg西湖で捕獲されたクニマスの標本(京都大魚類学研究所提供)
 70年前に田沢湖に玉川の強酸性水を導水した影響で絶滅した田沢湖固有の淡水魚クニマスが、山梨県の富士五湖の一つ、西湖(さいこ)で生き残っていたことが15日、京都大学の中坊徹次教授らの調査で分かった。

 絶滅する5年前の1935年に、田沢湖から西湖にクニマスの発眼卵10万粒が移出されたとの記録があり、これらが繁殖していたとみられる。これまでも西湖でクニマスとみられる魚が捕獲されていたが、地元では「クロマス」と呼ばれ、絶滅種とは認識されていなかった。

 中坊教授によると、クニマスが捕獲されたのは今年3月。▽体色が全体的に黒っぽい▽3月に卵を抱えている—といったクニマス特有の外見や生態が備わっており、遺伝子解析でも近縁のヒメマスとは異なっていた。
(魁 2010/12/15 11:33 更新)


クニマス 「帰郷」期待
20101216-260775-1-L.jpg田沢湖で行われていたクニマス漁(田沢湖郷土資料館提供)

山梨で再発見 田沢湖の水質改善必要
 環境省のレッドリストで「絶滅種」に指定されたクニマスが山梨県の西湖で生息が確認され、県内や山梨の関係者は一様に驚いている。

 「父は1985年頃から20年以上、西湖に出向くなどしてクニマスを探していたが、見つからなかった。あきらめていたので、見つかったのは奇跡的」と話すのは、仙北市の田沢湖畔に住みクニマスを研究していた三浦久兵衛さん(故人)の長男三浦久さん(61)。

 田沢湖の環境浄化に取り組む任意団体「田沢湖に生命を育む会」の田口達生代表(62)(同市)は「地元の人はみな喜んでいる。『嫁』に出したクニマスが1日も早く住めるようにがんばりたい」と興奮した様子だった。

 山梨県富士河口湖町の西湖漁協の三浦保明組合長(61)も「まさか、あの黒っぽい『クロマス』が、クニマスだとは思わなかった」と驚いていた。

 三浦組合長によると、約50年前から、3月末~4月上旬に、ヒメマスよりも体の黒っぽい魚が産卵を終えて湖岸まで上がってくるのを見かけたという。

 田沢湖では1940年に玉川から流入した強酸性の水が原因でクニマスが死滅。他の湖に生息している可能性があるとして、田沢湖町観光協会(当時)では1995~98年に、100~500万円の懸賞金を掛けて全国にクニマスの情報を求めていた。

 今回の発見で、クニマスの「帰郷」に期待が高まるが、県によると、田沢湖の水質は依然酸性度が高く、クニマスは生存できない状態だという。仙北市の門脇光浩市長は「国や県に協力を求めて、水質改善を進め、帰郷を実現させたい」と話す。
(2010年12月16日 読売新聞秋田版)


絶滅・クニマス、西湖にいた…さかなクン大発見
  環境省のレッドリストで「絶滅種」に指定されている「クニマス」が山梨県の西湖(さいこ)で生息していることが、京都大の中坊徹次教授(魚類学)や、東京海洋大客員准教授でタレントの「さかなクン」らの調査で明らかになった。

 生息が確認されたのは約60年ぶり。環境省は今後、絶滅種の指定を見直す方針。

 クニマスは、サケ科に属する淡水魚の一種。日本一深い湖・田沢湖(秋田県)にだけ生息していたが、1940年、下流の水力発電所に供給する湖水を補充するため、近くの玉川の強酸性の川水を湖に引き込んだことが原因で、48年の確認を最後に絶滅した。

 さかなクンが今春、西湖で取れたヒメマスを取り寄せたところ、その中に黒っぽいものがあり、知人の中坊教授に確認を依頼。ヒメマスとのDNA型の比較などからクニマスと判明した。西湖には35年、田沢湖からクニマスの卵が10万粒放流されており、中坊教授は、今回見つかった9匹はその末裔(まつえい)とみている。
(2010年12月15日11時44分 読売新聞)


西湖に「絶滅」クニマス県が保護措置検討へ
20101216-260567-1-L.jpg「本当の意味で、クニマスを絶滅させてはいけない」と語る三浦組合長(15日、富士河口湖町の西湖畔で)

 環境省のレッドリストで「絶滅種」に指定されている「クニマス」が、富士河口湖町の西湖で生息していることが分かり、地元では「お宝が降って湧いたよう。守っていかなければ」「観光資源になればいいが、規制との兼ね合いが気がかり」などと、驚きとともに、戸惑いの声も聞かれた。

 クニマスは、サケ科に属する淡水魚の一種。秋田県仙北市の田沢湖にだけ生息していたが、1940年に絶滅した。京都大の中坊徹次教授や、タレントの「さかなクン」らの調査で、西湖で生息していることが確認された。西湖には35年、田沢湖のクニマスの卵10万粒が放流されていたという。

 田沢湖畔に住み、クニマスを研究していた三浦久兵衛さん(故人)の長男久さん(61)(仙北市)の元には、35年の消印で、当時の西湖村漁協から田沢湖孵化(ふか)場あてに送られたはがきがある。久兵衛さんから聞いた話では、クニマスの卵が到着したとの記述があるという。

 久さんは「父は長い間、クニマスを探していたが見つからなかった。田沢湖を、クニマスが戻って来られる環境にしたい」と話す。

 西湖漁協の三浦保明組合長(61)によると、クニマスはヒメマスより黒っぽく、地元では「クロマス」と呼ばれ、ワカサギの刺し網漁でひっかかることもあるという。「あのクロマスがクニマスだったとは」と驚く。

 同漁協では来年、クニマスの捕獲に関する規制を検討する方針だ。

 一方、西湖畔で貸しボートと民宿を経営する三浦喜保さん(63)の元には15日朝、仙北市の住民から「クニマスを釣りに行きたい」と電話があった。「観光資源になればいいが、規制との兼ね合いが気になる」と三浦さん。

 横内知事は「西湖で見つかって驚いている。環境省と相談しながら保護措置を検討していきたい」とコメントしている。
(2010年12月16日 読売新聞山梨版)


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